昭和四十七年三月十五日 朝の御理解
御神訓 「神は声もなし 形も見えず 疑わば限りなし 恐るべし疑いを去れよ」
信心生活ということは、神様を信じての生活、神様の御働きを信じてからの生活、神様のお助けを受けなければ生きられないということを信じての生活、信心生活とは私はそうだと思う。ですから、神様の御心というか、御気感に適うというか、そういう生き方としてが一番素晴らしい、よい生活が得られるということになるのです。神様を信じる、信心しての生活、神様の働きを信じる。その神様の働きを受けなければ、本当の良い生活、本当の幸せというものは有り得ないのだと信ずる生活というように、段々神様を信ずるというても、その信ずる度合い、信ずる深さ、広さというものが、そのように変わって来なければならん。
大概な信心者と言われんでも、「神様はやっぱりござるということと信じております」と言う程度の人は多いですね。神の実在ということを、「いえ神も仏もあるものか」と言う人もまたあります。けれどもその神様の、信心を頂くことになって、おかげを受けると申しますね。と成程神様の働きと言わなければ、思わなければおられんということになって来る。その神様のお心がそのようなことから、段々深く、広くわかって来るようになりますと、一分の疑いも出来ない。本当に神様のおかげを頂かなければ、人間のよい生活、より幸せな生活というものは有り得ないとわからせて頂く生活、そういう生活を私は信心生活だと思う。そこで絶対の神様ということ、絶対神ということ。絶対神の生活が出来るために信心の稽古をさして頂くのです。
昨日金光教徒が、お道の新聞です。それに私はお話は聞いとりましたけども、はじめてわからせて頂いたのですけれども、小倉の桂先生の御弟子さんで、宮崎の延岡ですか、延岡教会ですね。宮崎県延岡市ですかね。やっぱり教会に塚本清三郎と言う先生が居られる。今年八十八の米寿の年に当たられると言う、教会が六十年の記念祭そのお祝いが二つ重なるというふうに書いてございますが、甘木の教会に御縁を頂かれた、それで甘木で修行をなさった。それから学院に当時半年ですから、行って帰られた。
そして、小倉の教会から、「用事があるから誰かやってくれ」と言うて電話がかかって来たそうですから、修行生の方か、年寄の方と女の方と、塚本先生三人だったそうですか
ら、「お前が若いから、お前が行って親先生のお話を承って来てくれ」と言うので、小倉に行かれた。
それで「こんな話で御用件を承りに参りました」と言うことを、「暫くお広前で休んで行」けと言われる、何時間たっても何ともおっしゃらん。それでとうとう又事務所の方へ行って、伺ったところが、また「事務所の方でまあゆっくりしときなさい」と言うて、また何時間か待たされて、もう夕方になるので、又そのことをお伺いされたら、「お前は今日からここで修行するのだ」と。
もうその当時の小倉というたら、誰でも恐がって寄りつき切らんように、厳しい教会だったらしいですね。だからはじめから小倉教会で修行することだったら、とてもよう行き切らなかったけど、それでびっくりしてしまってから、まあ何とか口実を作って甘木に帰ろうと思ったけれども、そういうことも出来ず、まあ一張羅の奉仕着を着て来とりますから、「着物を替えに一寸帰らせて貰います」と言うたら、もう、それこそ桂先生のことを、雷、雷と言うくらいにまあ恐れていた。それこそ大きな雷が落ちたということが書いてあります。
身の縮むような大きな声で、「お前はこのまま修行する。安武に着物は持ってこさせるから、帰っちゃならん」とおっしゃった。 「もう小倉の門をくぐったが最後、師匠の許しなしには一歩も外へ出てはならん」とおっしゃった。大変な厳しい方ですね。そういう中で丸二年間又修行された。そして宮崎の延岡に一人の信者、信心者もいない延岡に布教に出た。そしてこの十年間、今日までおかげを頂いて来たという話がお道の新聞記者の方と、一問一答の風でずっと書いてございます。
少し読んでみましょう。「信心の宝」と題した甘木の先生に【】った。「そうした信心辛抱と言うことは、自分でしようと思っても出来ないから、神様にさせて頂くのぞ、信心にさせて頂けば出来んと言うことはない。信心辛抱させて頂くと自覚、反省が出来、わがままは相済まんと悟れ。腹を立てると、出来ることも出来ず、進むところも進まぬ」と教えられたがこれは生涯の要の教えとなり、私の心の中に親先生がお入り下さったように、のような思いがするなあと言うとられます。
六十何年間、教師になられてから丸六十年間、その六十年間を貫いたものは、「信心にはもう信心辛抱が一番」と教えられた。「信心辛抱が出来ぬものは信心が出来ぬ。そして腹を立てると出来ることも出来ん」と言っておられる。腹を立てると出来ることも出来ず、進むところも進まんと。
今日私が信心生活ということについて、神様がござると、神様の実在を信じる。その神様の働きを頂かなければ、その神様のお働きを頂かなければ、私どもの真の良い生活、いわゆる幸せな生活は出来ないと信じらせて頂くまで、そこを絶対のものとして信じさせて頂くまでその信心辛抱が大事。勿論その信心辛抱で行くうちに、そこのところが段々段々、そこのところの思いが深うなって来る。信心がそのようにして進められる。進められる中においてもです、 「腹を立てたら進むところも進まれん」とこう仰る。「腹を立てた
ら出来ることも出来ん」と言っとられます。
これが塚本先生の六十年間の教師生活の中から得られた信心なんです。信心が進むとか、信心がわかるとか、出来るとかいうても、只本当の意味に於いて信心がわかるというのは、信心が進むというのは、本当に腹を立てんで済む。又は腹の立つような場合であっても、そこを辛抱しぬかせて頂く、そういう修行がです、本気で出来なければ、進むものも進まない、出来る筈のものも出来ないと言っておられる。
信心というのはそういう内容を以て、絶対信と言うものが、私は得られるんだと、疑おうにも疑いようがない、神様を信ずる生活。そこから次第に神様から信じられる生活に移って行く。いやそう移って行かなければ馬鹿らしい。とても腹ども立てよっては馬鹿らしい。そういう意味で言えますね。腹を立てよったら出来るものも出来ず、進む筈のところ進まれないと、六十年間の体験。
三代金光様も、「信心で一番大切なことは辛抱することが一番大切でございます」と仰っとられます。様々なことがありましょう。けどもそこをです、辛抱させて頂いてはじめて、有難うて有難うて、それこそ御礼の足りないお詫びばかりを致しておりますというような信心にお進みになっておられる。いわゆるおかげの展開であり、信心の展開である。そこでです、そのようなお互い信心を進めて行き、そういう信心を身につけて行きたい。
余談ですけど、皆さんも御承知じゃないでしょうか、塚本先生がいよいよ小倉を離れられる時に、桂先生が御神前でお頂きになられたという、[月入らばまた輝ける日の出かな]という写真が出ておりますわね。それを塚本先生に贈っておられます。その時に御結界に白紙を拡げて、「金光四神貫之の神の手続きを以て、生神金光大神天地金乃神、のこらずの金神」という御神号と、[月入らばまた輝ける日の出かな]という二つ書いて下げておられます。それがここの教会の宝のようになっておるわけです。
私どもの信心生活の中には、それこそ日が暮れたかと思うように、目の前が真っ黒うなることもございましょう。けどもそういう中を、やはり桂先生の御教えを頂かれて、月が入って真っ暗うなった時にはもう日の出の前提だと、日の出る前提だと思うて信心辛抱してみえたに違いございません。信心にはそこが大事です。そこでです、そこのところをです、私どもが信心を進めさせて頂くことの楽しみ、喜びをもって信心辛抱させて頂かんならんことになります。 昨夜の御祈念は幹三郎の当番でした。私も御祈念一寸前にここに出て来ましたから、御祈念を一心に頂かせて貰うた。真からの御祈念、何と願い、何と祈っておるのであろうかとここから思うくらい、普通なら今高校を卒業しとるくらいだから幾つになるでしょうかね、まだ若い十幾つのまだ子供と青年の合間くらい、言うならまだ子供が、何を何と一心に神様に願い、お縋りしておるであろうかと思われるくらいに一心の御祈念をしておる。それから御祈念が終わって御結界に着いて、一口御理解を皆さんに聞いて頂くわけです。 こういうことを話しております。「誰でも人間は一事二事好きなことがありますと。その好きなことをするような心持ちで信心をさして頂きたいと思う」
と言っております。「折角私はお道の教師を志したのでございますから、どうしても信心が好きでなければいけないということを今日の御祈念で気付かせて頂きました。昨夜の御祈念で、折角御結界に奉仕させて貰うなら、座らせて貰うなら、折角神様を拝まして貰うなら、信心が好きにならなければ、それは、私ども人間は必ず好きなことが一事二事あるように、その好きなようのに信心が好きにならなければ、いや好きでなければいけないと今晩気付かせて頂いた。そこでそのことを今晩の御祈念には、一心に神様にお縋りさせて頂いた」と言っております。
私はここで本を読みながら聞かせて頂いておりましたけれども、思わず胸が一杯になりました。沢山信心者は居りますけども、「どうぞどうぞおかげを頂かして下さい」と言うて願う氏子はあるけれども、「どうぞ神様信心を好きにならして下さい、信心を好きになりますように」と願う信者とか氏子とか申しますけれども、そう沢山はいないと思う。皆様それぞれの難儀は持っております。願わねばならんことも沢山ございます。けれどもそのことを通してです、信心がわかるとか、出来るとかでなくてです、信心が好きになれれるおかげを頂かして下さいということ。
それこそ月入れば又輝けるであって、月が入った、真っ暗うなったという場合であっても、好きな信心のことですもの、それが苦にならない、そのことを以て、いよいよ力を受けて行こうとする姿勢が自ずと出来て来るであろうと思う。私はその話を聞かせて頂きながらそう感じた。彼自身がいわゆる無い命を頂いたという実感です。もうそこには、神様は絶対のものと頂けておる。そこでです、絶対のものとわかっても、神様がござると信じても、それがね、いつの間にか疎かにされて行くのが人間です。喉元通らば熱さを忘れるです。
そこから神様を信ずる、しかもこの神様のおかげを頂かねば立ち行かん。この神様のおかげを頂かなければ人間の真の幸せというものはあり得ないのだというところまで突き詰めて参られましたところからです、そう言った信心が、只漠然としてそうわかっただけで良かろうとは思われない。やはりお道の教師を目指すためには、力を受けなければいけない。徳を受けなければいけない。そして只何の味気もない、只しるしいばっかり。信心がわからないと、御結界に座ると言うことだって、御祈念をすることだって、だから折角お道の教師を志すことであるから、その信心が楽しいものでありたい。だからその信心が好きになりたい、好きにならなければならないとそのことを気付かせて頂いた。そのことを願わせて頂いたとお話しを頂いておりました。
皆さん、信心が好きにならせて頂く程しのおかげを頂きなされねばいけません。降れば降る、照れば照る、吹けば吹くで信心はいよいよその吹かなければ、照らなければ、いよいよわからない味わいに入ってくる。いわゆる信心の佳境というか、そういうものが展けて来る。「疑いは限りなし 恐るべし」と仰るそれとは全然反対のことになって来る。いよいよ信じて疑わない、しかもその信心がです、楽しゅう、しかも好きで好きでたまらんで出来るようになったら、どういうことになるでしょう。それこそ恐るべしという程しの
おかげが確信致します。
まず体験から、成程神様じゃなあと、しかもその神様のおかげを頂かなければ、この神様ですよ、よその神様は知らん、お道の信心で言う、お取次のおかげによって表れて下さる神様なんですよ。その神様のおかげを受けなければ、人間の幸せは、真の幸せはあり得ない。そういう信心がです、ついて来るところから、神様を信ずる絶対信というか、神様を信じて疑わないという信心。そこから好きになる信心。そしてそこから神様から信じられる信心。神様を信じ、信じられる信心が生まれてくる。
そこから「恐るべし」と言う程しのおかげが受けられる。勿論それはもう徳の世界である。あの世にも持って行け、この世にも残してなくて、人を助けてわれ助かれと仰るまでには、例えば「日光つる真の信心になった」と言われるようなところが、その前には出来とるということです。そういう真心というか、親切心が言うならば工夫をさせて頂いてからのことでなからなければならない。
牛馬は自分の子供を助けることすら出来ない、人間は助けることが出来るというてです、一生、果たしてあなたが幾人の人を助けましたかと。誰も助けじゃったと言うならです、あなたはもう牛馬と同しことと、反対に言ったらなりはしませんか。折角この世に人間として生まれさせて頂いて、人を助けることが出来るというのが人間なのなら、本当に人をどういうような在り方にならせて頂いたら、人が助かるであろうかと、私は本当に思い、想う、続けるということが、そのまま神心に通ずることだと思う。
そういう思い募らせて頂くところに、神様が必ずヒントを与えて下さるでしょう。それは自他ともに助かっていく、信心のヒントが与えられるでしょう。求め続けそれを願い続け、只自分のおかげを頂くことだけを求め続けよ、願い続けよではなくて、どういう生き方にならせて頂いたら人が助かるかということを思い続ける。心の中に錬り続ける、そういう心が私は神心じゃろうと思います。そういう心に、成程人を助けるところのきっかけを下さるならば、自分が助かる道をそこから開けてくると思うですね。どうぞ。